大阪地方裁判所 昭和42年(借チ)36号 決定 1968年2月07日
大阪府八尾市長池町二丁目二〇番地の三
申立人
甲
東大阪市荒川三丁目四八番地
相手方
乙
右代理人
家近満直
同
家近正直
主文
一、申立人が相手方に対し金六〇万円を支払うことを条件として、申立人が別紙目録記載の賃借権を大阪市西成区山王町二丁目一七番地Aに譲渡することを許可する。
二、申立人が前項による賃借権の譲渡をしたときから、その賃借権の借賃を一カ月金六、二〇〇円に増額する。
理由
本件申立の要旨は、「申立人は、別紙目録記載の賃借権者であるが、その目的地上に在る別紙目録記載の建物を、その借地権とともに、大阪市西成区山王町二丁目一七番地Aに対し譲渡しようとするものである。同人は、同市浪速区東関谷町一丁目一七番地で旅館業を営み、資力も十分であつて、同人が土地賃借権を譲り受けても、賃貸人である相手方に不利となる虞れはないというべきである。よつて、右譲渡につき賃貸人の承諾に代わる許可の裁判を求める。」というにある。
本件について調査した資料によると、申立人が別紙目録記載の賃借人であること、その借地上に申立人が別紙目録記載の建物を所有していることが認められる。
そこで、申立人がいう賃借権の譲渡により賃貸人である相手方に不利となる虞があるか否かを検討してみる。
資料によれば、賃借権の目的土地は申立人が右建物を所有することにより住宅地として使用されてきたものであるが、譲受人Aは、同人の弟B(高校教員当二四年)が近く結婚することから、弟夫婦の新居として使用する目的で右建物を買い受けるものであること、弟夫婦の新居としてはその建物がやや広きに過ぎるため、建物の一部を縮少して取り毀わす予定はあるが、譲り受け後の土地、建物の使用状況に特別の変更をきたすような事情は認められないこと、またAは、旅館組合の役員も兼ね盛大に営業をしており、資力もしくは人柄のうえでも従前の賃借人である申立人の信用に劣るものではないことが認められる。以上の事実によると本件賃借権の譲渡によつて賃貸人に不利となる虞はないというべきである。
更に本件に顕われたその他一切の事情を考慮しても、本件賃借権の譲渡の許可を不相当とするような事情は窺えないから、本件申立はこれを認容すべきである。
そこで附随処分について考えてみよう。
資料によれば、賃借土地は近鉄奈良線永和駅から南へ約七〇米という交通至便な地点にあり、附近には東大阪市役所西支所、布施税務署、府税事務所、市民会館、商工会館、保健所、布施郵便局、市立図書館等の官公署並びに文化厚生施設が多く、駅前商店街の関係からも附近の土地の価額も高額で、本件土地の更地価額についてみても、申立人提出の鑑定書(甲第四号証)によれば、三・三平方米当り金一三万円、相手方提出の鑑定書(乙第一号証)によれば三・三平方米当り金一六万三、三五〇円とされていること、申立人はその賃貸借契約の当初賃貸人である相手方に対し敷金及び権利金等を差し入れた事実はなく、またその借賃は昭和三九年四月分以降一カ月金二、三〇〇円(三・三平方米当り金二八円五〇銭)であつて、賃借権の残存期間は約一三年であること、申立人の本件賃借権譲渡の対価は別紙目録記載の建物の対価と合わせて合計金四五〇万円であることが認められる。
このように、賃貸借契約締結に当り特別の金銭の授受もなく借地権が形成され、その借地権を相当の価額を有するものとして第三者に譲渡し、これを賃貸人が承認しなければならないときは、その譲渡された借地権価額の一部を賃貸人に還元するのが衡平の見地からみて妥当であると考え、財産上の給付を命ずるのが相当である。
ところで、更地価額から低地(借地法に基づく借地権の附着している宅地)の収益価額を控除した額とか、更地価額に近隣の借地権割合を乗じた額を関連づけて借地権価額を考えるならば、本件土地の借地権価額は非常に高額になるにもかかわらず、それに比し申立人がその借地権を第三者に譲り渡す価額が著しく下廻るような場合には、観念的に認められる借地権価額を基準にして財産上の給付額を定めるべきか、或いは具体的な譲渡価額を基準にして財産上の給付額を定めるべきであるかは見解のわかれるところと思われるが、財産上の給付は、当事者双方の利害を考慮して、衡平の見地からなされるものであるから、観念的な借地権価額と具体的な譲渡価額の両者を顧慮しつつ、当該土地の借地権について考えられる一般的取引価額(この価額は借地法第九条の二第三項の裁判をする場合の対価を考える場合にもその基礎となるもの)を基準に、借地権価額形成の要因である有償で設定されたものか、或いは地価の上昇に地代の値上げが伴わず自然に発生したか等の事情を考慮して定めるべきものと考える。
そこで、前記事実と本件に顕われた一切の事情を参酌し、鑑定委員会の意見をきいたうえ、財産上の給付として、申立人から相手方に対し金六〇万円を支払わせることと定める。
つぎに、借地条件を変更する必要があるかどうかについて考えてみるに、前記のとおり附近の土地との関係において、本件土地の更地価額は相当高額であるにも拘らず、従前の借賃はその更地価額を基準にした利廻りや、附近の土地の借賃に比べると低額に過ぎるからこの際増額を相当と考え、鑑定委員会の意見を採用して一カ月金六、二〇〇円に増額することと定め、その他の借地条件は変更をしないのが相当であると判断する。
よつて、借地法第九条の二第一項により、前記財産上の給付の支払を条件として賃借権譲渡を許可することとし、賃借権譲渡後の借賃を一カ月金六、二〇〇円に増額することを定めて、主文のとおり決定する。(志水義文)